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京みやげ
夕食をとってお土産を買ってもまだ新幹線の時間まで余裕があるので、お茶でも飲むか、と思ったのですが、どこも混んでいるしウロウロするのも煩わしいので、改札内の待合室で待つ事にする。

いやー、今日は結構あちこち行って疲れたけど、今まで気になってた所は一通り行けたから、よかったよかった。と思いながら切符と発着番線の案内モニターをチェックすると…うわ、発車時間勘違いしてた!新幹線あと5分で出ちゃうよ!

お茶飲んでたら完全に乗り遅れる所だった。

そんなこんなで無事帰宅。

最後にお土産の話。
京都土産と言えば五建ういろ
いつもの様に伊勢丹の地下でこれを買い求めまして、他に何か美味しそうなものないかな、と歩いていたら、見覚えのあるお菓子発見。
大河ドラマ「平清盛」に出て来た、巾着型の唐菓子(からくだもの)です。実在のお菓子なんだね。
その名も清浄歓喜団。仏教と一緒に伝来したお菓子だそうです。
なるほど。それなら平清盛の時代にもあったわけだ。

前から気になっていた中身は、現在は「こしあんに“清め”の意味を持つ7種類のお香を練り込」んだもの。伝来当時とは変わっている模様。

バラ売りもあると言うので、箱なし1個525円也を購入してみました。
ま、正直、味の方は期待してなかったんですが、これが美味しかった!

清浄歓喜団 清浄歓喜団の中身
左:清浄歓喜団。手の込んだ巾着型。
右:中身はこしあん。お香と言うと「?」ですが、肉桂などの香辛料がミックスされているものと思われます。

帰ってからお茶を入れて、リーフレットに書いてある通りに食べやすい様に割って食べたのですが(低温で長時間揚げてあるため、巾着の部分は固い)、もー、ごま油の香る皮のポリポリした歯ごたえと、芳しく香り付けされたこしあんのほろっとした食感。こんなお菓子食べた事ない。
もったいなくて、貧乏臭くちびちびと頂きましたよ。

私の京都お土産リストに新たな品が加わりました。
亀屋清永清浄歓喜団(通称・お団)。

余談ですが、知恩院で頂いたお供えの品。帰宅後開けてみたらこれも亀屋清永のお菓子でした。知恩院特製麩のやき白砂糖味・家紋入り。これも粗品と侮れないお味。このクオリティには参りました。
えーと、こちらは「豊臣公が北野大茶会に使った」とのこと。いちいち歴史上のエピソードがついてる所がすごい。
ちなみに市販されている麩のやきは醤油味と黒砂糖風味の2種類です。
| 2012年11月・秋の京都旅行 | comments(0) | trackbacks(0) |
京みやげ
夕食をとってお土産を買ってもまだ新幹線の時間まで余裕があるので、お茶でも飲むか、と思ったのですが、どこも混んでいるしウロウロするのも煩わしいので、改札内の待合室で待つ事にする。

いやー、今日は結構あちこち行って疲れたけど、今まで気になってた所は一通り行けたから、よかったよかった。と思いながら切符と発着番線の案内モニターをチェックすると…うわ、発車時間勘違いしてた!新幹線あと5分で出ちゃうよ!

お茶飲んでたら完全に乗り遅れる所だった。

そんなこんなで無事帰宅。

最後にお土産の話。
京都土産と言えば五建ういろう。
いつもの様に伊勢丹の地下でこれを買い求めまして、他に何か美味しそうなものないかな、と歩いていたら、見覚えのあるお菓子発見。
大河ドラマ「平清盛」に出て来た、巾着型の唐菓子(からくだもの)です。実在のお菓子なんだね。
その名も清浄歓喜団。仏教と一緒に伝来したお菓子だそうです。
なるほど。それなら平清盛の時代にもあったわけだ。

前から気になっていた中身は、現在は「こしあんに“清め”の意味を持つ7種類のお香を練り込」んだもの。伝来当時とは変わっている模様。

バラ売りもあると言うので、箱なし1個525円也を購入してみました。
ま、正直、味の方は期待してなかったんですが、これが美味しかった!

清浄歓喜団 清浄歓喜団の中身
左:清浄歓喜団。手の込んだ巾着型。
右:中身はこしあん。お香と言うと「?」ですが、肉桂などの香辛料がミックスされているものと思われます。

帰ってからお茶を入れて、リーフレットに書いてある通りに食べやすい様に割って食べたのですが(低温で長時間揚げてあるため、巾着の部分は固い)、もー、ごま油の香る皮のポリポリした歯ごたえと、芳しく香り付けされたこしあんのほろっとした食感。こんなお菓子食べた事ない。
もったいなくて、貧乏臭くちびちびと頂きましたよ。

私の京都お土産リストに新たな品が加わりました。
亀屋清永清浄歓喜団(通称・お団)。

余談ですが、知恩院で頂いたお供えの品。帰宅後開けてみたらこれも亀屋清永のお菓子でした。知恩院特製麩のやき白砂糖味・家紋入り。これも粗品と侮れないお味。このクオリティには参りました。
えーと、こちらは「豊臣公が北野大茶会に使った」とのこと。いちいち歴史上のエピソードがついてる所がすごい。
ちなみに市販されている麩のやきは醤油味と黒砂糖風味の2種類です。
| 2012年11月・秋の京都旅行 | comments(0) | trackbacks(0) |
今宮神社
広隆寺の前から嵐電に乗って、終点の四条大宮へ。

帰りの新幹線までまだだいぶ時間があるので、今宮神社ヘ行く事にする。
というか、あぶり餅を食べに行く、と言うべきだな。餅メイン。

「時間があったら足を伸ばしてみよう」と思っていたので、一応京都駅からの行き方は確認しておいたのですが、四条大宮から京都に戻って出直すのもバカバカしいよなぁ。

駅を出ると、ちょうどバス乗り場の案内看板が出ていたので見てみると、よかった、丁度いい路線が通ってる。
看板に従って、バス停へ。
餃子の王将の前なのですが、ここが記念すべき第1号店だそうで、記念碑が建ってました(笑)。

バスで30分くらいかかったかな。最寄りのバス停からは歩いて10分くらいで到着。
名物・あぶり餅の店へ直行。
2軒のお店が向かい合っているのですが、外から覗いてみて座敷が空いてそうな方に入る。ちょっと日が暮れて来て、外で食べるのは寒いので。
えー、地図によると、一和というお店。

あぶり餅は1皿15本にお茶がついて500円也。

名物に旨いものなしと言いますが、ここは例外でした。
わざわざ食べに来て良かったよ。おすすめ。

白味噌だれの甘さと、きなこ&おこげの香ばしさ。そして親指の先くらいの一口サイズ。一串に1個ずつっていうのも食べやすい。
写真で見るとどれも焼き過ぎじゃない?ってくらい焦げてるんですが、食べてみると、この焼き加減が正解なんですな。

長保2年(西暦1000年)創業って、平安時代ですよ。
これは廃れずに残るのも分かる。おいしいもん。

持ち帰りも出来ますが、やはりお店で食べないと。
歩いて帰れる範囲じゃないと、お持ち帰りは厳しいでしょうね。
あぶり餅が冷めて固くなってるところなんて、想像もしたくないよ!(笑)

あっという間に15本を平らげ、これなら3人前くらい余裕でいけるな、という危険な考えを振り切るようにして店を出る。
今度来た時は、お向かいのかざりやの方へ入ってみよう。

余談ですが、子供の頃に円山公園の茶店で食べたみたらし団子が、もう劇的に美味しくて、私にとっては伝説のみたらし団子なのですが、これもやっぱり1個が小さめでした。

それ以降、円山公園で何度かみたらし団子を食べてみたのですが、どの店も標準的というか、ありきたりなみたらし団子で、伝説のみたらし団子は、もはや幻のみたらし団子になってしまいました。

蜜も一般的なものと比べるとさっぱりあっさりしていて、色も薄め。
香ばしく焼けた小粒のお団子に適度に絡んで、実に美味しかった。
子供ながらに「本当のみたらし団子とはこういうものだったのか!」と思ったのをよく覚えています。

で、今宮神社。

境内には沢山お社があるようなので、まずは本殿からお参り。
脇に置いてあるおみくじ自販機のメンテナンス中だったので、がちゃがちゃして落ち着かない。

手近なところからぶらっと巡拝。

若宮社の塀の格子部分がシャープでかっこいいのと、2つの屋根が合体した様なダブル屋根が興味深い。こういうの、何造りって言うんだろう。比翼入母屋造でいいのかな?

今宮神社・月読社月読社の鳥居。足元は石で上は木造。どうしてこうなったんでしょうか。下だけ腐っちゃったから取り替えた?それとも折れちゃった?どうして全部新しくしなかったんだろ?

立派な絵馬舎があるので覗いてみた。変わった絵馬や算額の類がないかと思ったのですが、もともと陽が射さない上に日が暮れて来て中は真っ暗だし、ふてくされた様な男子高校生が1人腰掛けていて気まずいので、すぐに出る。

ぶらぶらしている間にも、ちらほらと参詣客が訪れますが、どうも私と同年代くらいのいい歳した女性と母親と思しき2人連れ、という感じの人が多い。

それもそのはず、ここは“玉の輿”の語源になったお玉さんゆかりの神社です。
八百屋の娘から三代将軍家光の側室になったお玉さん、後の桂昌院にあやかろうと言う、上昇志向の強い人達がお参りに来るんですね。
金持ちと結婚したいという気持ちは分からんでもないけど、“玉の輿守”と書かれたお守りを持ち歩くだけの神経は、私には無いな。
でもそれくらい図太くないと玉の輿は狙えないんだろうね。

またバスで京都駅へ戻る。
北大路駅経由の路線だったのですが、渋滞で予想以上に時間がかかりました。

| 2012年11月・秋の京都旅行 | comments(0) | trackbacks(0) |
広隆寺
蚕ノ社こと木嶋神社の前の道を西へ直進。ちゃんと地図を持ってくればよかった、と思いながらうろ覚えのイメージだけで真っすぐ歩いて行く。住宅街を抜け、商店街を抜けると、広い通りに出た。そのまま行くと右手に嵐電太秦広隆寺駅、左に広隆寺。歩いて十数分くらいだったかな。
よかった、道まちがってなくて。

お掃除の人がやけに多いなあ、と思いながら、入口に近い建物から順に見学。平安京より古くからあるそうですが、ここは元の場所から移転したり、敷地が狭くなったりという事はないんでしょうか。焼失した後、元とは違う場所で再建、とかよく聞きますけど。

本堂にお参りして、改めて建物を見てみると、動植物等の彫刻が施されていて、中でも軒下の象が面白い顔をしていたので写真を撮る。

さー、霊宝殿へ行こうかな、と思ったら、さっき見かけたお掃除レディの1人がサッと近づいて来て「今、写真撮られました?」。

結構な勢いで尋ねられたので、ちょっとびっくりしつつ「え、あ、はい。撮りました」と正直に答えたところ、お堂を前から撮影するのは失礼にあたるので撮影禁止ですが、横からなら撮影OK、とのこと。「どこを撮られました?」と言うので、「あの象を」と指差すと、「後でデータ消しておいて下さい。横もきれいですから、写真を撮られるんでしたら横からどうぞ」。

あちこちお寺や神社へ行きましたけど、前からお堂の写真撮っちゃいけないなんて初めてだよ。
堂内の撮影禁止とか、展示施設の中ならよくあるし、理解出来ますけど。
前はダメで横はいいのか。

腑に落ちない気分で霊宝殿へ。
入場料を払う窓口の隣が御朱印の受付だったので、お願いしたら、日付以外全部スタンプになってました。
重ね重ねテンション下がるわぁ。

霊宝殿に入ったところでも撮影禁止である旨を念を押される。
係のおじさんが入場者全員に言ってる様子。
何か写真撮影に関してもめ事でもあったんですかね。
ここまで撮影禁止をアピールするのも珍しいですけど。

有名な弥勒菩薩半跏像などの前は畳敷きになっていて、座って見られるようになっていました。
やっぱりお参りする時の目線で作られてるんでしょうね。立って見る博物館目線よりも、しっくり来るような気がしました。「あ、ここから見た方がいいわ」と。
せっかくの畳コーナーなのに、活用している人は少なかったのがもったいない。まあ、大して興味ないんでしょうけどね(笑)。

「泣き弥勒」と呼ばれるもう一体の弥勒菩薩半跏像、誰かに似てるなと思ったら森山未來だ。特に目と眉の配置。

一通り見学しまして、さーこれからどうしようかなー、と山門に向かってぶらぶら歩いていたら、丁度到着したばかりと思しき女性4〜5人組が、記念撮影をすべく本堂の前に並んでおり、カメラを手にした人が「もうちょっと寄ってー」などと声をかけている。

これはお掃除レディの出番だ!
お掃除レディは仮の姿。その正体は記念撮影を阻止するハンターなのだ!

近くでほうきを動かしていたさっきとは別のお掃除レディを見ると、やはり!女性達の動向をうかがっている!!

しかしすぐには声をかけない。
おや?と思って見ていると…お、行った!
なるほど、カメラを持っているだけではまだ早いわけだ。
構えて「撮るよー」という段になって初めて「前からの写真撮影はご遠慮下さい」と。

掃き掃除をしているだけですよ、という体で観光客の様子をうかがっているお掃除レディ。
あの鋭い眼差しは忘れられません。
広隆寺を代表するおもしろエピソード、いただきました。

この後どうしよう、と思いながら、とりあえず目の前の嵐電太秦広隆寺駅へ。
これに乗ったらどこまで行けるのかな。
| 2012年11月・秋の京都旅行 | comments(0) | trackbacks(0) |
蚕ノ社
地下鉄天神川駅から歩いて10分弱くらいだったかな。迷わずにたどり着きました。蚕ノ社こと木嶋神社、こと木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)。長い。

三本柱の鳥居がある、と初めて知ったのがここの三柱鳥居でした。以前、向島の三囲神社で見た三柱鳥居は、ここのをまねて作られたらしい。
京都に来る機会があっても、なかなかここまで来る事がなかったので、今回こそは来たかった。

これといって目立つ所のない、ごく普通のローカル神社の趣ですが、「続日本紀」や「延喜式」にもその名が記されているという、すさまじく歴史のある神社です。
養蚕の神様を祀っているから“蚕ノ社”だと思ったら、それは境内にある別の神社・蚕養(こかい)神社で、木嶋神社の神様とは別らしい。ややこしや。

まず本殿で柏手を打ってご挨拶して、それから三柱鳥居とご対面です。

はやる気持ちを抑えきれず、本殿の前から左手の茂みの向こう側を覗き込んでみると、見えました。間違いなく三柱鳥居。
石段を下りて、今は干上がってしまった元糺(もとただす)の池に下りる。
細長い池のくびれた部分が柵で仕切られていて、その向こうに三柱鳥居は立っていました。ということは、かつては池の真ん中に立ってたの?
(検索してみたら、干上がる前の写真がありましたが、やっぱり水の中に立ってました。)

たしか三囲神社の三柱鳥居は下に井戸がありました。
三柱鳥居は水と関係があるのかな。

かつては池の縁だった石垣にまるく囲まれて、三本足の石の鳥居が立っていて、さらにその真ん中に石が盛り上げてあって、てっぺんに御幣が立ってる。
見よ、ここがパワースポットだ!という激しすぎる程の主張を感じる外観。

蚕ノ社・三柱鳥居 蚕ノ社・三柱鳥居
左:干上がった池の奥、柵の向こうに見えるのが三柱鳥居
右:柵の隙間から覗いてみた。中央に御幣が立ってます。

神社の周り、特に西側は木が生い茂って薄暗い。元糺の森という名前通り、昔はもっと深い森だったのでしょうが、今でも案外静かで人気がなくて、薄暗くてなんとなくひんやりして、町中なのにまた心細くなりそうな雰囲気。
蚕ノ社・三柱鳥居の解説 蚕ノ社
左:神社の案内板に書かれた三柱鳥居の解説。「全国唯一」と冒頭から間違ってますが大丈夫なんでしょうか。それとも「うち以外の三柱鳥居は正統とは認めん!」みたいな事?
右:かいこのやしろ、と彫られた石柱。

神社にあった解説も、ネットでちらっと調べた範囲でも、三柱鳥居の由来や意味には様々な説がある様です。まあ、早い話がよく分からない、という事でしょうか。

三囲神社の三柱鳥居は元々三井邸にあったそうですから、三井→三越→呉服屋→織物・養蚕→秦氏というつながりでここの神社の鳥居を模した、というのは想像がつきます。
じゃ、ここの鳥居は何でこんな形なの?ってところが問題なんだよね。

秦氏は渡来人だから、大陸の方に何か手がかり無いのかな。
まあ鳥居自体はないでしょうけど(笑)。

神社を出るとおひさま燦々で暖かい。元糺の森の遮光・遮熱力すごいな。

弥勒菩薩像でおなじみの広隆寺が、嵐電でひと駅先にあるので、ついでに行ってみようかな。
来た道を引き返してひと駅だけ路面電車に乗るのも、なんだか気が向かないので、うろ覚えだけどとりあえず神社の前の道を太秦方面に歩いてみる。

次の目的地は京都最古の寺・広隆寺。

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